トラブル
昼食が終わり、まったりした空気が流れる午後1時ごろのこと。
食堂にはMさん(70代女性)の話し声が聞こえていた。Mさんはいったん話し出したら止まらず、どこで息継ぎしているのかと思うほど。相手がいなくても一人でしゃべっている。そのうちに興奮してきて最後はいつも怒りだす。誰に対して怒っているのか何に対して怒っているのか、よくわからないがいつものこと。
食堂の端のソファが定位置のS氏(70代?80代?)、ちょっと気難しく一匹狼的雰囲気の持ち主だが、そのS氏が突然、大声で怒鳴りだした。
「オマエ、あることないこと出鱈目言ってんじゃないよ! いい加減にしろよ!」
顔を真っ赤にして立ち上がり、杖を振り回しながら、いつもは痛くて引きずる足で、ツカツカとMさんのそばまで歩み寄った。
うわっヤバイ!
食堂には私とパートのNさんしかいない。職員の半分は入浴介助に行き、リーダーは休憩中だ。
急いで二人のそばに行き、Nさんは2人の間に割って入った。私はS氏の振り上げた右腕にしがみついた。ちょうどその時、何かの用事でひょっこり現われた事務長がS氏の左側にまわり、身体を押さえるように抱きかかえた。
「コイツ、オレの悪口をあることないこと出鱈目言いやがって!」
男の人が本気で怒ったらすごい。結構な力だ。私の手を振り払い、杖をぶん回している。私は今度はS氏の手首を押さえた。
「どうしたの。Sさんのことじゃないよ。落ち着いて。杖は危ないからやめましょう」
とかなんとか、3人でなだめる。
「杖ついてる男って、オレしかいないだろ!」
どうやらMさんの話をじっと聞いていたS氏は「杖ついてる男」というフレーズに反応したらしい。何かとソリの合わないこの2人、ちょくちょく衝突している。
S氏の剣幕は収まらない。真っ赤な顔でブルブル震えている。かたやMさんも負けてはいない。
「何するのよ! 女だと思って馬鹿にすんじゃないわよ!」
こっちもいきり立っている。フツー、怖くて逃げ出しそうなものだが、気ィ強いわ~Mさん! つかみかかりそうな勢いだ。
NさんがMさんを引き離し、騒ぎを聞いて駆けつけたパートのOさんがフロアのうんと離れた場所に誘導していった。
S氏は仁王立ちのまま。うんうん、そうなの、わかったわかった、とにかく落ち着いて、座ろうと言っても聞かない。
「副主任、呼んできて。下の食堂にいると思うから」 私は固まっているパートKさんにそっと頼んだ。
たまにしか顔を合わせないパートより、日頃接している常勤の方がこんな時のS氏の扱い 対処法は心得ているだろう。
そう、このとき、フロアには非常勤しかいなかったのだ。事務長がいると言っても、事務長はアレだし(爆)。
固まっているといえば、食堂で談笑していた数人のおばあちゃんたち、ステーション前にいた面会者、みんなカッチンコッチンに固まっていた^^;
副主任がやってきて、やっと少し落ち着いたS氏、元のソファに戻り、副主任がウンウンと話を聞いていたが、ちょうど入浴の順番が回ってきたのを幸いにお風呂場へと送りだした。
はぁ~。一件落着。
後で副主任に聞くと、S氏は杖は振り回すが、絶対危害は加えないそうだ。車椅子のパイプ部分などを叩くことはあっても相手を傷つけたら大変なことになるとわかっているから。
案外、冷静に怒っているんじゃン、Sさん。私ゃどうなることかと思ったよ。ああ怖かった~。
夕方、そんなことがあったなんて忘れたかのように、MさんがS氏の前に立って何かしゃべっている。
あわわ~、私は、あらぁMさん何の話? とか何とか言いながらMさんの前に立ちはだかり、抱きかかえるようにしながらズリズリと蟹歩きしてS氏の視界から2人して消えた。
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