忙中閑有り。記録を書いていると、「ねえ、ヒマな時でいいから爪切ってちょうだいな」
いつも他の利用者にケンカをふっかけてはトラブルばかり起こしているMさん(90代女性)が話しかけてきた。車椅子が当たっただの、こっちを向いて咳をするなだのと周りに当り散らし、潮が引くようにさぁ~っとみんなMさんの周りからいなくなってしまった午後のこと。
まだまだエネルギーを発散しきれずトゲトゲした風情のMさん。
「今、いいですよ」と私はMさんの爪を切りだした。
慌しくしているとゆっくり利用者と話をすることも出来ないが、爪切りや耳掃除は格好のコミュニケーションチャンスだ。Mさんの場合、手のことを話題にすればその後に苦労話が出ることも、長い付き合いでわかっている。
「Mさんの手って、大きいね」と言うと、「ごついでしょ、男仕事もしたからね。出来ることなら何でもやったのよ。そりゃもう苦労したんだから・・・」
思っていた通り、そこからMさんの苦労話(or自慢話)が始まった。
10歳も年上の姉さん女房だったこと、たった5年の結婚生活で亭主に死なれたこと、お姑さんがいい人でよくしてもらったこと、そのお姑さんを看取ったこと、一人娘を育てるためにバスの車掌を振り出しにいろんな仕事をしたこと、工場で男と一緒に働いたこと・・・。
もう何度も聞いた話だが、うんうん、それは大変だったね~、へぇそうなの~、苦労したのね~、と爪を切り切り、相槌を打ちながら聞く。
ひとしきり話し終えたMさんに、「この手、嫌い?」と尋ねてみた。
「そりゃイヤだよ、節くれだってて男みたいだもの。苦労してない奥様がたは白魚のような綺麗な指してる」
「でもMさんの爪は大きくて切りやすいよ。リッパな手だわ。ほら、綺麗に切れた」
「アンタ、爪切り上手ね」
誉めてもらった。トゲトゲの気持ちも、おしゃべりしたことで治まったようだ。
「Mさん、いいお姑さんでよかったじゃない。お姑さんのことで苦労してる人も多いのよ。Mさん、幸せだね。いい娘さんにも恵まれたし」
自分でもクサイな~と思いながらも、「手はごつくなったけど、悪いことばかりじゃなかったよね。みんな何かしら苦労してるのよ、見えないだけでね」
そうね、みんなそうね・・・とすっかり穏やかになり、部屋に戻っていくMさん。
戦前戦後を生き抜き、おそらく私などの想像を絶する苦労をしてきた人だ。いきり立っている時は正直、困った人だと腹も立つが、その気の強さがなかったら生きてこられなかっただろう。時代が、環境が、Mさんを強くしたのだろう。
私はMさんの苦労話を聞くのが嫌いではない。元気をもらえる気がする。
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