どう感じる?
9/28朝日新聞朝刊の生活欄より。
“ 寝たきりの洗髪方法に賛否 「頭に紙おむつ」 いや?”
病院や自宅で寝たきりの人の髪を洗う際、頭の下に紙おむつを敷くのは耐え難いーー。本紙声欄に載った投書に、賛否双方の意見が寄せられている。
「自分の親もされた。悲しかった」「便利です。助かった」。当事者、家族、介護や看護をする側。立場により、人により、受け止めは「人権侵害」から「夢のような道具」まで180度変わる。そこにケアの奥深さがのぞく。
発端は、「寝たきりの祖母が看護師に洗髪をすすめられても嫌がっていた。洗髪の際には頭の下に紙おむつを敷くからだ。祖母は、お尻につけるものを頭に敷くなんてと思ったのだろう」という投書。
それを読んで、「紙おむつは吸水性に優れているし滅菌処理されているから安心して使える」と利点を挙げ、ただし「本人や家族に説明して同意を得ることが大切だと痛感した」という看護師の投書や、「汚物処理ではないイメージの製品を」という提案の投書があったり。
ふ~ん。立場が違えば感じ方もいろいろなんだなぁ。うちの施設では寝たきりの人をベッド上で洗髪することはまずないから、紙おむつをそのように使うところは見たことがないが、例えば吐き気が治まらない人の枕元にフラットのパッドを予め敷くとか、傷の処置の際にパッドに水を吸わせるとかはしている。
私は使用前の紙おむつに対して「汚い」というイメージはなかったので、「耐え難い」という感覚はちょっと驚きだった。
東京大学大学院医学系研究科の真田弘美教授(老年看護学)は、・・・(中略)・・・「一般の方が抱く嫌悪感が、頭の中で消えていたのかも知れない」 意識のずれの背景として、看護師には、排泄が汚いという意識が薄いことや、医療現場で吸収力の高いシートとして多用途に使われていることをあげる。
うんうん。看護師や介護士が排泄の度に汚いとキャーキャー言ってたら仕事にならない。子育て中の母親もそうだ。赤ちゃんのウンチにいちいち反応していたら育児なんて出来ない。家庭で老親の下の世話をする人もそうだろう。
・・・・・・古い話を思い出した。長男が生まれたばかりの頃のこと、社宅の仲間数人とワイワイと食事をしていたときに隣の部屋で寝ていた息子が泣き出した。どうやらウンチが出たようだ。私は何の悪気もなく境の襖を開けたまま、当たり前のように息子のウンチの処理を始めた。ところが、夫を含め他の連中は「臭い」と顔をしかめ、襖を閉めた・・・確かに食事中なのに襖を閉めずにオムツを開けた私が悪い。でもその時、なんでこれが臭いの? と不思議に思ったんだよね・・・。
職業上の排泄に対する意識のずれは、確かにあると思う。普通は、排泄=汚い、臭い。他人の下の世話なんてとても出来ないと思う。この仕事をしていて「大変ね~」とか「ようやるわ」と言われるのは、おそらくそういうこともあるのだろう。
身内であれ仕事であれ、どれぐらいの頻度や密度でその人の身体介護に関わっているか、どれぐらいわが身のことのように感じられるか。意識のずれは、その辺の感じ方の違いで起きるのだろう。
だから、慣れてしまえばウンチもオシッコも全然大変でも何でもなくなるのだが・・・フツーの人の感覚をなくしてしまってはいけないとも思う・・・。
さてさて、頭に紙おむつ、あなたはどう感じますか?
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